症状が軽い患者さんの場合

ホルモン焼きはおなじみですが。

治療に直接携わることはほとんどありません。
私は彼Kさんとは20年間、もつれ合うようにして仕事をしてきました。
それだけに、片腕をもがれたどころではなく、自介の粉が消滅した気持ちでした。
最初は、た。
とにかく悲しかった。
ところがしだいに、仕事にさまざまな支障が出てきたのです。
そのためのストレスと、彼がいてくれたらという思いで、一時私は少し重めのうつになりましうつというより、PTSD心的外傷後ストレス障害だったかもしれません。
そのとき助けになってくれたのが、共通の知人であるNさんでした。
NさんもKさんと仕事をしたことが何度かあったのです。
私に対して大丈夫か?といったことも言いません落ち込んで、でした。
仕事のやり方にも迷いが出ていた私を、Nさんは飲みに連れ出しました。
彼はKさんのことはひと言も口にしませんでした。
ただ、注文したビールが運ばれてきたとき、少し目を閉じて、「小野さんKさんに献杯!」
、とジョッキを合わせたのです。それだけで充分でした。私はしばらくの間、涙が止まりませんでした。
このとき以来、うつは軽くなっていきました。
つらいときに一人で悲しんでいると、不安がのしかかってくるばかりです。
ガン·乳腺症など

薬を組み合わせて使います。

思う存分悲しむことで、つらさも軽くなるのですが、一人だと考え方が一元的になり、同ところをくるく回ってしまいます。
そういうときには、はた迷惑かもしれませんが、誰かに話を聞いてもらうことです。
相手がうつのことをわかっていればベストですが、そうでなくてもかまいません。
つらかっただろうなあ
そんなひと言だけで、気持ちが少し晴れてくるものです。
話を聞くほうも大変だが….もちろん話を聞くほうも大変です。
うつのマイナスエネルギーをまともに受けるのですから、気かも落ち込みます。
重くなっているときは精神科などの受診をすすめるべきでしょうが、ちょっとした落ち込みぐらいであれば、とことん話を聞いてあげるだけでうつは軽くなります。
さとそして、うつの人から話しかけられても、諭したり反論しないこと。
うんうん、とうなずくだけでいいから、意が欲しいのです。
ひたすら聞き役に回ってください。
アドバイスしたい気持ちはわかります。
けれども、うつの人はアドバイスを求めているわけではありません。
同うつは、本人だけでなく親しい人の理解があって初めて軽くなっていくものだと思ってください。
虚に人と接するのは甘えではありません。

 

細胞の分裂を抑制する。

「俺はうつなんだから、なぐさめてくれ」
的な態度を取るのは:甘えでしかありませんが、謙自分で治すことも考えるうつであることに安住していないか?
ここからは、うつの人にとって、やや厳しいことを書くかもしれません。
れい上野玲さんというジャーナリストがいます。
ご自身もうつ患者ですが、必死で頑張って仕事をしています。
そしてその結果、うつと付き合う姿勢が大切。
付き合うためには、「うつに甘えてはいけない。うつは誰でもなる病気である以上、でもしっかり社会と向き合うことが必要だ」
自分の殻に閉じこもり、自分はうつだから何もできないと考えるのではなく、うつーといった趣旨のことを著書で書かれ、講演会などでも話されています。
私はこの考えに、半分は賛成です。
上野さんは、うつ患者をあえて厳しい言葉で叱責しています。それは世の中に、うつで何もしない、責しているのです。すべてのうつの人に頑張れと言っているのではありません。
うつで社会に生きようとしない人がけっこういるからでしょう。

生活習慣病との関係を探るため

DNA抗体
上野さんはそういう人を叱「私はうつだから何もできないのです」
そんなふうに臆面もなく、堂々と言う人を叱責しているのです。
つらくて苦しくて起き上がることもできない-そんな人に頑張れとか社会性を考えようと、みたいという気持ちを振り払って、沙し:頑張るべきではないでしょうか。
私も言いません。
しかし何とか布団から出られるようになって少し働けそうになったら、もっと休ゆっくり頑張ることのむずかしさ頑張りたくても、気持ちがふさぎ込んでどうしようもない……上野さんもそういう経験をしてきて、その中で、「自分は抗うつ薬を飲みながら、必死で頑張ってきた」
と主張します。
しかし、どうやっても頑張れない人もいます。
本書を手に取られた人は、まだ少しは頑張れる人でしょうが、重くなると理屈ではなく何もできなくなります。
しかし上野さんは、うつの世界でそれなりに発言権を持った人であるだけに、うつのつらさを拾い上げる:優しさ:が、もう少しあってもいいと感じることがあります。

 

健康効果は望めなくなってしまいます。

うつでもそれなりに生活できるのだということを、うつ患者が:発信誰もうつうつな自分を責めない誤解のないように付け加えておきます。
うつ
になったことは、悪いことではなく自分を責めることはないのです。
責めたくなる気持ちはわかりますが、責めたところで何かが好転することはありません。
とくに生真面目で勤勉な人は、うつになる因子を常に抱えています。
しかし生真面目で勤勉だからこそ、社会で強く生きていけているのではないでしょうか。
自分を責めないでください。
ダメな自分でも、どこか一つや二つは、いいところがあるはずです。
そこを認めてあげましょう。
ところが、ごく一部ですが、き合っている人もいるのです。
うつであることに安住し、没社会的にひっそりと生きようとする人がいます。
落ち込んでも、自分を励ますように立ち直ろうとしている人もいます。
その人たちなりの生き方であることは、よくわかります。

神経優位の方向になります。


半分は賛成
とは、そういうことです。
もちろん上野さんは軽症うつを対象に活動しています。
ゆっくり頑張る-これが私の考えです。
軽症うつはある程度なら頑張れます。
それをうつだから……
と何もしないのは良くないというのは、私も同感です。
うつでも、場合によっては、少し休養しても、完治したとは言えません。
まだ半分ぐらいしか治ってないけれど、生活していくためにはその段階で社会復帰しなければならないこともあります。
元働きながら、リハビリしながら少しずつ軽くしていかなければならないのです。
そのとき、「うつだから仕方ないのだ……」
と考えるのは、厳しい言い方をすれば甘えにつながります。
実際、うつに甘えている人はかなりいると私は思います。
しかしそういう人でも、何らかのうつ的病理を抱えていることは事実です。
本当にうつを治したければ、少しだけ自分に厳しくすることも必要です。
内臓をこわした人が暴飲暴食を避けて節制するのと同じ、と考えてください。
しなければ、うつになったら、の本当のところをわかってくれないと思うのです。
何もできなくなって死んだようになる……というだけではいけないと思います。

ホルモンが大きく変化して